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akimachoのはてなブログ

ICTとデザインのためのブログ

野矢茂樹『無限論の教室』感想その1

はじめに

野矢茂樹さんの『無限論の教室』(講談社現代新書)を半分読んだので感想をメモしておきます。

本書は小説仕立てで話が進んでいくので、軽くネタバレを含みます。ご注意ください。

著者について

『無限論の教室』の著者、野矢茂樹さんは、ウィトゲンシュタインの研究者、論理学の教科書や『論理トレーニング』シリーズの著者として知られています。また、野矢茂樹さんは分かりやすい言葉で哲学の問題を紹介する一連の書籍も手がけています。例として『哲学の謎』や『はじめて考えるときのように』があるのですが、本書『無限論の教室』もその延長線上に位置づけられるでしょう。

哲学の謎 (講談社現代新書)

哲学の謎 (講談社現代新書)

あくまでも私の感想ですが、野矢茂樹さんは独自の体系を築き上げていくタイプではなく、問題に対して日常で使われる言語を使って決着していくタイプの哲学者です。というわけで、野矢茂樹さんの本を読むことは、荘厳なビルディングの建築現場を見物するというよりは、リング側で格闘を観戦している感じです。彼の軽妙な語り口でスリリングな思考を展開する著者の文章は読者自身にも考えさせる換気性を持っており、飽きさせないものがあります。

『無限論の教室』でも、無限集合論を巡って、読者は「額に汗をかきながら」考えるようになるでしょう。

感想

本書は大学講師と二人の学生の対話を通して無限集合論の議論が進んでいきます。

季節は春。無限論の講師かつ珍奇な人物であるタジマ先生が「無限は数でも量でもない」と主張し、読者は本書に登場する学生と同じように「何を言ってるんだ?!」という印象を抱きつつ、物語がスタートします。導入として、ゼノンのパラドックスが紹介され、そこから実無限と可能無限という無限の歴史を2分してきた考え方が登場します。

可能無限の話では、なんとなくウィトゲンシュタイン数学基礎論?哲学?の匂いがしました(実はあとがきでも触れられています)。「数を見つけるのではなく、作っていく」という可能無限の考えはウィトゲンシュタインの立場と似ている気がします。ウィトゲンシュタインを読んだのもだいぶ前なので自身がないですが…

続いて、集合の濃度の話が出てきます。その後はもちろんカントール対角線論法がやってきます。類書と違って、2進数を用いて説明しているのですが、ここに納得がいかないので次の記事で書きたいと思います。

以上のカントール対角線論法による実数の議論は実無限に依拠しているのだと主張されます。それに対して、可能無限派にとって実数として「√2は存在する数の名前ではなく、規則つけられた名前である」という主張が登場します。ここらへんは読んでいて楽しかったです。

ここまでで大体半分です。続いて、べき集合、カントールパラドックス、ラッセルのパラドックスゲーデル不完全性定理が出てきますが、続きはまた今度書きます。

余談

本書に登場するタジマ先生の師として出てくる「オーモリ先生」とは、野矢茂樹さんの師でもある哲学者大森荘蔵さんのことだと思います(p.118)。私は『ながれとよどみ』しか読んだことがないのですが、なんだかここ2、3年、大森荘蔵さんにまつわる本が出版されてきているので、機会があったら読んでみようかなと思ってます。

大森荘蔵 - Wikipedia

おわりに

無限集合論は一体どうなっていくのでしょうか。楽しみです。

無限論の教室 (講談社現代新書)

無限論の教室 (講談社現代新書)

哲学の謎 (講談社現代新書)

哲学の謎 (講談社現代新書)